琉球王国の象徴・首里城。日差しを浴びて漆の赤がまばゆい正殿を一目見ただけで、この城が日本の城とはまったく異なるコンセプトで建てられていることがわかるだろう。
3つの勢力に分かれていた沖縄本島が統一され、尚巴志によって琉球王国が誕生したのは1429年のこと。このころ首里城も建てられた。日本は戦国時代が長く、城の造りも防衛に力点を置いた山城が多いが、琉球は統一後、平和な時代が続いたので、宮殿(政庁)の要素が多い城になったのだ。
この首里城は太平洋戦争で焼失、1992年に復元されたのだが、いまだに目的のわからない場所も多く、たくさんの謎に包まれている。たとえば、首里城正殿は西向きだが、これはとても珍しい。「君主は南面す」という言葉があり、日本でも中国でも風水上、南向きがよいとされるのに、なぜ西を向いているのか?また、首里城内郭は正殿、南殿、北殿と奉神門の4つの建物が、ウナー(御庭)と呼ばれる広場を囲んで建っているが、このウナーはゆがんだ台形だ。奉神門から正殿に延びる浮道というセンターロードも、直角ではない。首里城はなぜ歪んで配置されているのだろう…、という具合だ。
日本とは異なる歴史を歩んできた琉球=沖縄。首里城の「謎」をヒントに歩いてみれば、新たな琉球史が見えてくるかもしれない。

首里城公園管理センター TEL 098-886-2020
撮影:垂水健吾